チーズの歴史

チーズの歴史とは、フランスの歴史である。シャルルマーニュやナポレオンの歴史と重なり、修道士、修道院の役割の一端を担い、科学の進歩に貢献するものである。フランスのチーズの伝統は昨日に始まったものではない!

人間によるミルクの日常的な消費は、紀元前11000年〜6000年(地域によって異なる)の初期の飼育まで遡ることができる。最初に家畜化されたのは山羊で、牛が家畜化され始めたのはその3000年後だった。家畜の飼育に伴い、新石器時代の人々は食事の管理を行うようになり、狩りをやめた。

乳が凝固した後に自然にできる「カード」は急速に消費されるようになった。実際に、メソポタミアで発見された最初のカード用の型や、シュメール文明の浅浮き彫り細工から、チーズの製造は、紀元前2500年まで遡ることができる。ファラオの棺に納められていたチーズ用の壺や、「オデッセイ」の中で鬼人ポリフェムスが、カードをカゴの中に巧みに入れてホエーを除去することが語られるなど、チーズに関する歴史は続いていく。チーズの製造に必要な様々な工程を初めて書式で表したのは、ローマの農学者コルメッレで、西暦60年のことであった。

ローマ帝国の崩壊後、多くのチーズのレシピがこの世から姿を消した。製造を続けていた修道院では、その秘訣を隠匿していた。マロワル、マンステール、ポン・レヴェックといった数々のチーズのレシピは、現存する。

13世紀から、チーズの製造は農家で行われるようになった。農民たちが、地域のチーズを開発していった。この時期になって、収入源を求め乳生産を活用したい女性たちによって、最初のチーズ協同組合が作られた。ここから、「チーズ作りはほぼ女性のもの」という概念がフランスで生まれ、様々なレシピや製法が母から娘へ、少しずつ変化を遂げながら伝わっていくこととなる。この時期には、冷蔵技術が発達しておらず、新鮮な素材を輸送することができなかったため、チーズの生産と消費は、近郊の市場に限られていた。

戦争によって取引は滞っていたが、平和が戻るとともに再開される。巡礼、フランスにおける温泉治療の普及(1850年以降)、有給休暇の施行(1936年以降)に伴って、チーズはその生産された地方だけでなく、国境をも越えることになる。


「アイデンティティーと伝統の存在する繊細かつ生きている素材。フランスのチーズには、その産地とそこに暮らす人々の魂が込められている。」チーズ職人、料理評論家、フランス味覚研究所のメンバー ピエール・アンドゥルエ。


コルメッレが西暦60年にチーズの製造工程を記して以来、チーズ製造の基本原理は、乳の凝固、ホエー除去、加塩、乾燥とほとんど変わっていない。しかしながら、様々な人たちの創造性とノウハウを駆使して、テクスチャ、味、香りは変革を遂げていったのである。

温度や牛乳の加熱時間の幅、酵母の選択、カードや粒状チーズの切断、チーズの攪拌・加熱・強度や圧縮時間、加塩、表皮のウォッシングやブラッシング、熟成庫の湿度と温度など、異なる要素の組み合わせによって、フランス産チーズに非常に豊かな多様性が生まれたのである。

またフランスには、地方の数よりチーズの数が多い。チーズの一つ一つに、独特の味・形・テクスチャがある。象徴的であり、偽りのない、かつ栄養価の高いチーズは、フランスの国の誇りであり、事実チーズの消費量は、フランスが世界一である。

 

役立つ知識

その昔から、ロックフォールはロックフォール村で作られ、熟成されてきた。1393年にシャルル6世によって、ロックフォールの村民にチーズの熟成独占権が認められた。シャルル6世に続く王たちも村民への特権を更新し続けたことが、ヨーロッパによって採用された原産地保護名称の基になった。

原産地保護名称(AOP)についての詳しくはこちら

チーズにとって重要な時代

役立つ知識

「チーズ」という単語の使用は、2013年11月12日付のデクレ(n°2013-1010)にて規定されている。液体の乳を使用した製造方法とホエー除去に由来する。:
チーズとは、発酵・熟成の有無を問わず、乳と脱脂乳・部分脱脂乳、クリーム、バター、バターミルクといった乳を原材料として製造されるものである。これらの原材料は、単独または混合使用され、ホエー除去前または水分の一部除去の後に部分または全凝固が行われたものを指す。[…]上記のように定義された製品のの乾燥素材含有量は、チーズ100グラムあたり23グラム以上でなければならない。」

チーズの栄養価について詳しくはこちら